第四章 回帰【その1】
1.遁走=不在を擬態化すること
遁走から追走を経て伴走するという行為は、結果的にこれからも伴走を続けることが私の仕事であると言うことを認識させられる。ゴールがあって目的のゴールに着いた途端それはゴールではなかったということもある。例えば雇用が最終ゴールであると考えられていたことが、実際は仕事以前の生活習慣、障害(アルコール依存、精神・知的・身体障害)など社会的困難を抱えているケースも多くあり、ゴールの設定を検討しなおすことも必要なのだ。それは、ゴールに向かう過程で様々な課題を与えられるということでもある。様々な課題とはいまだ達成されずに積み残しにされている事柄や、作業の経過で次々に湧出する難問に取り組むこと、あるいは全く新しい問題点の気づきをさせられることなどだ。だから、これからも私は野宿者と接する限り、彼らの遁走にかわる自活のための一端を担っていくことになる。
それは、わが社会の貧困階層が甘受させられている排除に大きく関わらざるを得ないということだ。外出の一歩踏み出した先には、安心や安全をスローガンにした都市の過剰な防犯体制が野宿者の居場所を剥奪し、異質分子への追放を叫び、ますます彼らの遁走を促す社会に遭遇させられていることが現実だからだ(注1)。
「街を歩いていると、排除のためのオブジェが急増していることに気づく。(中略)ベンチの真中に肘掛を付加し、その上で横たわる動作を不可能にしている。明らかに後から改変されているのだ。また銀座の地下通路では、柱と柱の間に干支にもとづく、かわいらしい動物の彫刻が並び、人の滞在を許さない。だが、この一見無邪気な装置も、ホームレスを排除していることを想像しなければ、ほほえましい街の風景に映るかもしれない。(中略)都市の公共空間では、曖昧な領域が発生する。それはデザインから抜け落ちる自由な場所だ。ホームレスが探し当てるのも、こうした空間である。しかし、現在の都市は定義されない領域を嫌い、オブジェでつぶしていく」(五十嵐太郎2004 p.70)。
遁走を踏みとどまる方法はあるのか。私は、遁走する男たちが別段に遁走せずともよいと考えている。彼らはその日暮らしが出来る賃仕事さえあればどんな作業でもかまわないのだ。「どんな仕事でもええから探してや」とは男たちの私への常套句でもある。
熊沢は「どのような条件下にあるとき、下位職務の専担者として労働市場に登場するのか」として、
「(1)長年の貧困や失業の体験、あるいは高度な仕事のまったき無経験などによって、就業さえできれば仕事はさして重要ではないと考えている、または考えさせられているとき(2)下位職務の遂行がただ経過的なものと意識されている時」(熊沢誠 p.119〜120)
の2群を挙げている。取り組むベき職種や仕事への興味は薄いのである。
だから私も、稼いだ金がその日の酒代飯代に消えていくとしても、当面それにありつける仕事さえあれば野宿者の問題は軽減する、と考えていた。しかし、仕事先やドヤから男たちが消え続けていくとき、それは男たちが抱える生活習慣となる病<不安・妄想・恐怖>と想像したほうがわかりやすいと考え始めたのである。
渋谷は「消費社会における貧困の経験はたんなる生活水準の低下以上のものを意味する。貧困者の側からすればそれは心理的ダメージであり、プライドの破壊であり、恥辱である」(渋谷望 2004 p.88)として「貧困者は定義上、その存在が、―行為がではなくー、『欠陥』であり『罪悪』なのである」というバウマンを引用する。
男たちの存在そのものが「欠陥」や「罪悪」の具現であるから、先ずは男たちが関る社会や地域、家族、親戚、知人、縁者などとの連鎖を抹消し遁走を選ぶことを目的にしてしまう。そして不在者として特定場所のテントシェルターで身を隠すことになる。しかしテントシェルターそのものが「欠陥」「罪悪」を一層具現化していることは論を待たない。ギャンブルやアルコールの依存、作業上の人間関係、借金や友人間のトラブルが再度遁走を促しながら不在を継続させて行く。
しかしながら不在が続くとは限らない。行路上での病気、事故、犯罪などアクシデントが男たちを一瞬水面に連れ戻し、行政・病院・警察、果ては親類縁者など世間とのつながりを復活させねばならない時もある。何よりも、長い野宿生活から不在を断ち切り、これまでの不在期間を埋めながらプライドを回復したいと望む男たちも多いのだ。不在を装いながら、「他人事」としての自分を賎しむことから離脱をはかる。だから不在はあくまで不在の「擬態」であって、なにかの契機があれば遁走=不在を目指ざさなくともよいという男たちもいるのだ。
2.安心の仲立ち
仕事があればいいというわけにはいかない。遁走しなくともよい職場が必要なのだ。上司、同僚のコンセンサス、相談機能、医療への理解、その日に金が必要な男たちも多いため給料の支払方法の工夫など、職場の受け入れ体制が大きく左右する。少なくとも野宿者雇用を考えるなら、労働力に対する対価として給料を配分するだけという企業意識では、雇用受け入れはいつも難問を抱えたままになるだろう。
一方、野宿者と企業の仲立ちをした紹介者(本稿では私)の存在は、会社と親しいし、プライベートな問題で会社と話しが困難な場合でも、代わりに聞いてくれるという安心感を与え、遁走を薄める効果にはなると考える。男たちの作業現場での諸課題は企業が分担し、勤務後のプライベートな一部課題は私が引き受けるのである。企業サイドでいえば、同僚間のトラブルや不都合があるときの作業場転換の検討や、生活困難者の給料仮払いの検討、一旦希望退社したスタッフの再採用を可能にすることなどが、主要な支援となっている。プライベートな相談は私の役割で、例えば多重債務の相談を受け、弁護士事務所に同行しながら早急に借金問題から自由になることや、作業が困難になった男たちの生活保護申請、健康問題を抱える男たちへの医療措置、住居探しなどが多い。しかしながら最も多い相談は、やはり仕事を持たない男たちの仕事探しであることだ。
3.かかわりを優先してきた
これまでの支援活動は実験であるといってよかった。「金を生まない部門を作る」という社長のコンセプトによってつくられた野宿者の『くらし応援室』は、まず就労支援を掲げた。現在路上にいる男たちの最も必要としていることは仕事かもしれない。勿論、金や家や食事であることも間違いはない。しかし、私の活動のはじめは先ず名前を覚えてもらうことであった。顔を知ってもらい相互に挨拶が出来ることであった。即効としての実益が見えないときも、必ず男たちとの約束を守り、彼らのささやかな欲求に近づくよう作業してきた。その一点こそが互いをつなぐものだろうと考えてきた
私の実験とも言うべき支援活動の締めくくりをしておきたい。先ずはF氏の事例が比較的長く関わってきたこともありわかりやすいとも思ったので最後に記述しておきたい。
F氏(前出)は定期的に私を訊ねてくる。大きな波に乗りながら、そしていつもどおりの引き潮に乗り、支障なく勤務に戻る。彼自身は会社で必要な人材だと認識していると思われる、が実はその確信があいまいなのではないか。問題を投げかけ、自分が辞めるという重大発言をすれば会社があたふたし、みんなを振り向かせ、問題の打開も多少は可能になると考える。少なくとも今まではそうだった。しかし相当数の(それも仕事の出来る)作業員が入社し、彼らへの評価も当然なされている中で、これまでのF氏自身の位置が心細くなるのも理解出来る。だから難題を見つけ、自らの評価や位置がどのあたりにあるのかをはかっているのではなかろうか。もう一つ、これまで褒められることも無かった生活の中で、褒められる幸福感をかみしめてみたいという欲求が無いとは言えない気がする。それはFさんだけではないはずだ。
またF氏は能力のある人であるし、私や会社が調子を合わせて「仕事の出来る人だ、みんなのまとめ役だ」と大合唱をするため、否が応でも彼自身の虚栄心をくすぐってきた。しかしそんな機会も少なくなってきている。Fさんの気持は自分を評価してほしいということとは別に、孤独の裏返しでもあるのだろう。まともに話しを聞いてくれる人間がいることで遁走せず踏ん張ることが出来ているのだ。
いずれにしてもF氏は仕事を辞めず2年目を迎えようとしている。彼はどんな場面でも私に相談してくるではないか。アパートに住み、正職にもなった。かつて気にいらなければ多くの野宿者と同様、突然仕事を止めてしまっていたF氏が、いまだその事態に至っていない。これは重要なことだ。そこで私や会社の緊密な協働作業が、彼を一定定着させている要因だと考えることが出来ないだろうか(注2)
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注1:06年1月30日(月)朝、大阪市は西区うつぼ公園内、及び中央区大阪城公園内で野宿生活をする約20名のテントや小屋などを、行政代執行法に基づき強制的に撤去した。両公園には警備員役350名と市職員300名、加えて大阪府警約350名という物々しい警備体制がなされ、当事者・支援者と大阪市職側とが衝突した。
注2:05年春、F氏は健康上の理由で退社し自ら生活保護を申請した。現在は生保受給者として会社近辺で暮らし、ときおり「くらし応援室」を訪ねてくる。
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