解説
1.はじめに
タイトルとなる『カマタウンの野郎ども』は、明らかにP・ウイリス著「ハマータウンの野郎ども」のパクリであると推察されるかもしれない。そのとおりである。同著がいう英国の反学校文化が労働者階層を再生産させ続けているという歴史が、我国のそれと同質であるか否かの論議はさておき、下層労働者である男たちが享受してきた教育や環境あるいは様々な社会的差別が、彼らの見る社会への視線を歪めて来たことは事実である。同時に彼らを見つめる社会的視線も歪んでいたのである。
私は対抗文化という観点から、「ハマータウンの野郎ども」と言う著書名に魅了されたが、私のレポートはあくまで野宿生活者支援をフィールドとする立場から記録したものであり、「ハマータウンの野郎ども」との共通性は薄い。
「カマタウン」とは大阪西成区の一角にある寄場としての「釜ヶ崎」のことであるが、勿論こんな町名はなく私の造語である。私のフィールドは大阪全域だ。だからこれまで釜ヶ崎にはこだわらずに仕事をしてきた。大阪全域に多くの野宿生活者がいるからだ。タイトルである「カマタウン」という名称は象徴としてのカマという意味で使用した。単身者、失職者、極道者、アルコール依存、ギャンブル依存、逃亡者、寄場などなど多項を司る本源としての釜ヶ崎である。「野郎ども」という言葉にも当初抵抗があった。野郎というのは一般的には若年者をさし示し、少ないけれども女たちもいる。現在野宿生活する男たちの平均年齢は55歳以上といわれる。男たちも野郎という年齢をはるかに超えた。しかし彼らは「元野郎ども」であることには変わりない。野郎どもの片鱗を留める男たちの現在を写してみたいと思った。
2.WEB版編集のために
‘05年3月、私は大阪市立大学大学院都市共生研究分野を修了した。修士学位論文をリサーチーペーパーで発表した。発表時の表題は『遁走と回帰の間に』であり、副題を「野宿者支援活動及び協働作業の可能性をめぐる伴走の実験」とした。しかしリサーチペーパーの初稿発表時の表題は『カマタウンの野郎ども』であり、担当教官の島教授は内容に沿った表題として興味を持ってくれていたが、その後私の意志で『遁走と回帰の間に』と改題していた。
卒業後、大阪市立大学大学院のWEB開設が8月に予定されており、やはり担当教官であった鍋島助教授からリサペのWEB発表を推挙された。その際、表題を『カマタウンの野郎ども』に戻すというアドバイスもあったのである。私の作品がWEP上で公開される光栄と同時に、私の活動の足跡を自らの記憶として残しておく必要を感じていたのでこの申し出を喜んで了解した。鍋島助教授からは1年限定でなく、エスノグラフィーという技法で延々活動経過を書き続けてはと言われた。それほどの継続を保つ自信はないが、マラソンを始めるつもりで酸欠状態を楽しんで見ようとは思っている。
3.逃げ続ける人々(リサーチペーパー「遁走と回帰の間」の解説部)
私が、「野宿」という当事者問題に取り組んだ当初に印象的だったことは、多くの逃げ続ける男たちに遭遇したということだ。遁走の過程で彼らは私と遭遇し、私との関係から再び遁走していく。そして、その後の消息をつかめないままの男たちも多かった。
遁走は逃亡であり逃散(ちょうさん)(注1)である。平安時代の班田制度の中で他領に逃げ延びる賎民である。今いる場所の義務や束縛を破り、そこから違う場所に逃げ延びる。逃げるには理由があり、逃げ続けることは問題の解決の先延ばしや、係累の断絶などを想像することが出来る。それは恐怖や不安を背負ったままの遁走であることもあるし、病的素因や幻惑のそれであることもある。これまでのしがらみ、束縛や呪縛からの離脱をも示している。少なくとも自らの拠り所を捨て,関係性を断ち、名前や自分自身を隠しながら、同じ境涯や事情を持つ者たちが群れ集る路上や寄場に吸い寄せられていく。遁走とはだから俗世間から自らを抹消し、自己棄却することと言える。
‘01年の調査結果では、55歳以上〜65歳未満の野宿者の年齢比率は43.8%だった。65歳以上の12.6%を加えると、野宿者の半数以上は55才以上となる(大阪市立大学都市環境問題研究会 p.58)。 労働者として盛りの当時、少年・青年であった男たちが高齢者と言われる年齢なのだ。
私は野宿者支援という活動から大阪市内の現場を歩き、野宿生活者と話しを交わしてきた。男たちの生活の核となる仕事先を探しながら、日常生活の細部にも立ち入らなければならないこともあった
本稿は、何も持たず、所有せず、自らの尊厳すら遺棄し遁走する男たちにかかわりながら、どこかで回帰する居場所を探し続ける男たちの生活を、エスノグラフィックという観点から、野宿という遁走を続ける生活者たちに対する私の支援が、これらの男たちにいかなる意味を持つのかを分析するものである。
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[注]
1.逃散:中世から近世にかけ、領主の悪政に反抗し他領に逃亡する百姓たちをいう。
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