大阪市立大学 共生社会研究会

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 トップページ > よみもの > 11月16日第2号  


NPOや共生社会についての時評を月2回更新でお送りします!


タイトル カマタウンの野郎ども ―伴走のエスノグラフィ―
著者 佐々木敏明
連載 解説 序章 第一章 第二章 第三章-1 第三章-2 第三章-3 第三章-4 第三章-5 第四章-1 第四章-2

第三章  伴走【その1】

1.他人事

 ’02年11月頃、『自立支援センターおおよど』から、T君が仕事を辞めてしまったので何か仕事はないか、と問い合わせがあった。その頃私は、N区で『くらし応援室』という野宿者への就労支援と就労後のくらしアフターをサービスしていた。また期間限定ながら緊急の雇用促進事業として幾つかの公園清掃作業を統括もしていた。そこで、欠員のある公園で私と一緒に清掃作業をしてもらうことになった。彼はこの時家賃が払えずアパートを退去し、同じセンター出身者で、私がN区にある商業施設『K』の就労紹介をしたMさんのアパートに居候していた。短期間であったが休まず来てくれていたが、仕事への取り組みは特に目立つものはなかった。しかしだれかれなく話しかける如才のなさを持っていた。

 T君は本年(‘05年)11月現在ビルメンテナンス会社に勤務しているが、そのおしゃべりぶりがスタッフ間で差しさわりになること多くなり、また彼が寝泊りするドヤからも苦情があり、退出してほしいと私に申し入れをしてきた。というのも、ドヤを奨めたのも身元引き受けも私であるが所以だからだ。そんなわけでT君は、やはり本年9月から私がはじめた小さな下宿屋の利用者としてここから通勤している。下宿屋については稿をあらためたいと考えている。

 T君は清掃作業が終了した後、しばらくM氏が勤務する店舗でパートをしていたが、給金が安いのといつまでもM氏のアパートに居候するわけにもいかず、翌年初頭、センターから紹介された岐阜県にある寄宿つきの料理屋に就職することになった。その時も「また音楽聞かせてください。フォ−クよかったなあ」とあいかわらず微笑して話していた。状況がそれほど思わしくないにもかかわらず、T君の表情はいつも深刻に見えないのが不思議であった。ただ気になっていたことが一つある。

[『くらし応援室』にてT君と ‘03.1月頃と推測]

相:「岐阜の社長との契約条件はどうなっているの?」 

T:「わからないです。どんなこと?」

相:「仕事時間とか給料がどんな風になってるかとか、保険があるとかないとか」

T:「センターからの紹介やし相談員に任せてます」

相:「そんな。自分のことやん、相談員に任したらあかんがな」

T:「なんとかしてくれてんとちゃいますか」

相:「君が納得してるんなら、僕がやいのやいのゆう事ないけど、契約書くらい無いとなあ。ヤバかったらやめて帰っといでや」

T:「わかりました。まあなんとかなりますわ。社長さんも男気のある人で,仕事もようやる人みたいで、T君一緒に会社づくりしていこな言うてくれてはります。ええ人みたいです」

 T君のあっけらかんとした素直さは常に心配の種である。その割には余計なおしゃべりが多い。こちらの一言に五倍十倍の戻りが来る。その彼が大阪を去った。断続的にやりとりしながら安否確認をしていたが、半年を過ぎた頃から彼の連絡が頻繁になった。そして‘04年に入り作業休暇をとり帰阪する回数も増えてきた。

2.大工のS君

 ‘03年2月4日、K橋下の河川公園でテント生活していたS君を訪ねた。‘57年生まれの当時45歳。W県出身の元大工である。直接は巡回相談員元同僚S氏からの依頼であった。担当地域を巡回中の年明け早々からS君に接近していたらしい。「就労意欲を持っているし、大工としてもキャリアがあり腕もよさそうだ。センターの集団生活より、今すぐにでも出来る仕事があればやりたいと言っている。仕事があれば紹介してほしい」という電話連絡であった。

 この頃、私はN区内の『リフォームセンター』店長に相談していたことがある。「野宿者には大工仕事や建築労働に関わってきた連中が多いから、彼らをスタッフに加えて支援協力をしてほしい。可能なら『リフォームセンター』が当事者を地域に溶け込めるような装置として機能すればいいのだが」と提案していたのである。

 『リフォームセンター』は、利潤だけでない地域のより良いコミュニケーション作りを地域に発信・提案する役割を持ち、元野宿者が地域に溶け込むようなイメージを持っていてくれていた。私自身も、野宿者にとっては生活を革新する「学校」(注14)のようなものを想像していたのである。しかしそれは私の頭の中だけで留まっていたものではあった。巡回相談員S氏への信頼は勿論あったが、私個人として野宿者S君の意欲を確認しておきたかったので、何度かK橋下に赴き面談した。以下はS君との最初の面談記録である。

 

[T区K橋下河川公園のS君テント前で聴き取り ‘03年2月初旬]

相:「野宿して長いですか」

S:「……もう3,4カ月になるかな」

相:「野宿の理由は?」

S:「W県T市の中学校を卒業し大工してたんやけど、仕事がなくなってW市に出てきた。しばらくしてそこも仕事が少なくなり仕方なく大阪に出てきたんやけど、大阪も結局駄目やった。……しらん間にここに来てた」

相:「何で食いつないでるのやろ」

S:「やっぱし缶集めやね。それから賞味期限の切れた弁当をコンビニでもらうこともある」

相:「これからどうして行きたいと思います?」

S:「これまでやってきた大工仕事したいね。……もういっぺん仕事をしたい」

相:「もし仕事するとしたら、当面の間この場所からN区まで通勤できます?」

S:「大丈夫です。自転車がある」

相:「検討するからしばらく待機してほしい。その間大丈夫?」

S:「よろしくお願いします」

相:「1週間後必ず連絡します」

 野宿地で生活する男たちはたいがい仕事を欲している。アキ缶集めが気楽という人もいるが、それは他者との生活の身過ぎ世過ぎをうとましく思うからだ。これまでの仕事は、自分ひとりが稼ぎさえすれば他者との関係性はそれほど重要でなく、暮らしの中で他者とのコミュニケーションをそれほど必要ともしなかった。特に寄場周辺では、やっと友人になった男から金を騙し取られたり、給料日に金をねだられたり、シノギ屋(注15)から袋叩きにあった上に物を強奪された男たちもいた。だから人を信頼しにくいし、他人と一緒に仕事をするのを嫌がり、集団生活が嫌いだという男たちは多くいた。

 それでも彼らの多くはアキ缶集めとは違う仕事を欲している。それは自分自身のこれまでの生活を少しでも変えたいと望んでいるのだ。価値の転換といってもいい。私は、他者との作業がうまく出来るようにしたいと考えている。だから仕事は楽しくなければならないし、ずっと仕事を続けていけるようにもしたいと考える。だから野宿者が仕事に就く場所は私に直接間接関わっているほうがよりよいと思う。必要な時には、当事者が雇用先や私と話しが出来る機会を持てること、私と雇用先の連携を密にすること、つまりは当事者である野宿者、雇用者、私である<三位一体>が日常的に必要な関わりを持つことで、つまらない事情、自分勝手な思い込みや判断で仕事先を遁走しなくともいいようにと考えていた。

3.S君の就労

 結局S君との約束は、『リフォームセンター』の都合もあって、5月入社と遅れた。

 2ヶ月余の間、必要に応じてS君のねぐらを訪ねたが、話しが進まない不安が彼の表情に伺えた。これまでにも幾度か経験があるのだが、チャンスが巡ってきた人にとって、意欲があるだけに早くそのチャンスを物にしたいと思う。永い間社会から閉ざされていた彼らにとって、まさに千載一遇のチャンスを見逃すことが出来ない気持だ。しかも、可能性を振りまく私のごとくお調子者の話しではあるけれど、一度は諦めたこれまでの技術が再度生かせると思うと、身震いするぐらいに気持が高揚する。それだけに待たされる時間が長くなるだけ、今度は気持が萎えてくるに違いない。「やっぱりそんなうまい話しなどない」と思ってしまうのだ。事実S君は最近「あの時は半ば諦めていた。なんとか繋いでくれてはるとは思てたけど、でもやっぱりあかんやろ思てた」ともらしている。

[『リフォームセンター』の事務所内で ‘03年3月頃]

(「店」はリフォーム店長)

店:「Sさんの給料はどうしましょう」

相:「仕事がどのくらい出来るかようわからんから、とにかくリフォームとして可能なアルバイト料金を設定してあげてほしいです。そちらも大変だから交通費は僕が負担しますけど」

店:「それはありがたいです。給料はやって行きながらその時その時で考えましょう」

相:「作業がうまく行くようなら、早急に住居も探そう思てます。早よ給料貯めてもらわな、いつまでも地べたから出勤せなあかん」

店:「ただうちの都合で申し訳ないんですが、5月始めまで待ってほしいんですが」

相:「それは仕方ないね。彼にはそう伝えときます」

 店長とのやりとりを適時しながら、5月初旬、彼は『リフォームセンター』のスタッフとなった。彼はT区K橋下から毎日自転車でN区の『リフォームセンター』まで通勤してきた。彼が腕のいい職人であることは数日後のうちに了解できた。すぐにでも出来高払いで給料にしていきたいと店長も言ってくれた。どんな仕事もS君に任せられるというのだから私も予想以上の自慢になり、巡回相談員S氏にも報告した。何よりS君と『リフォーム』の同僚たちとのフィーリングがよかった。しかし入梅とともにそんな喜びに翳りをもたらしはじめた。

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[注14]

学校:生育歴には家庭環境の貧困・家族離別や、不登校・知育の未成熟、健康や障害あるいは被差別からの遁走も考えられる。自分の趣味や能力を発揮できぬまま見放された男たちの“置き去りにしてきた自分”に会える文化的拠点づくりをイメージしている。潟iイス富田社長の支持のもと、現在、ワークショップなどを実践しながら市大教官らを巻き込んで構想実験中。

[注15]

シノギ屋:釜ヶ崎を中心にして数人のグループが、高齢者や狙いやすい男たちを目標に暴行を働き金品を奪取する。彼らは野宿者でも襲撃する。弱者の弱者による弱者狩りである。シノギ屋グループは結構いると言われる。

 

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