大阪市立大学大学院創造都市研究科都市政策専攻都市共生社会研究分野

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「アメリカのNPOの経験を日本へ」

大阪市立大学大学院創造都市研究科
教授 柏木宏

 今年4月から、四半世紀にわたったアメリカでの生活に一区切り付け、社会人を対象にした、大阪市立大学大学院創造都市研究科で教鞭をとることになった。
  四半世紀という時間は、個人としてだけでなく、社会全体にとっても長いものだ。アメリカに第一歩を踏み出した一九七〇年代の後半、世界は米ソ対立を基本に動いていた。しかし、ベルリンの壁が崩れ、ソ連邦も崩壊。いま世界は、アメリカ一国主義に支配された感が強い。
  社会運動の領域でも、社会主義の影響を強く受けた労働運動の衰退が世界規模で進んできた。とはいえ、問題がなくなったわけではない。悪化する地球環境、格差が広がる南北の経済、途上国の貧困と飢餓、先進国の産業空洞化と失業や雇用不安の拡大、少子高齢化による社会保障の先行き不安などは、その一例だ。
  従来、こうした問題は、国家が対処するものと考えられてきた。しかし、国家はいま、小さな政府を唱えている。代わって期待されているのは、世界中で急成長しているNPOだ。NPO研究の第一人者のひとり、ジョン・ホプキンス大学のレスター・サラモン教授は、「二〇世紀最後の四半期におけるNPOセクターの世界的な成長は、十九世紀の最後に我々が目撃した、国民国家の興隆に匹敵する重要な現象といえよう」と述べている。
  「NPOの先進国アメリカ」における四半世紀の在住中、移民、労働、人権、福祉、社会教育、法律相談、国際協力など、さまざまなNPOに関わる機会があった。また、NPOそのものについての調査や研究、さらにNPOの人材を育成するための各種のプログラムを実施してきた。
  この経験を買われて教鞭をとるようになったわけだが、私が属する都市共生社会研究分野(以下、分野)は、NPOをツールとして共生社会を実現することをミッションに掲げている。そこで、アメリカにおける自らのNPO経験を、具体的に大学院での教育研究にどのように生かしていこうとしているのかについて述べたい。その前に、NPOについて私なりの考えとNPOの制度や社会変革機能などをまとめておこう。

 

カギとなる法人化と税制優遇措置

 NPOとはなにかという問いに対して、しばしば前述のサラモン教授らが中心になって行っている非営利セクター国際比較プロジェクトの定義が紹介される。同プロジェクトは、NPOを@利潤を構成員に分配しないこと、A政府から独立した存在であること、B規約や役員など組織の体制を整えていること、C自己統治していること、D自発的な組織であることの五つの要素で判断するという。
  この定義が誤っているというつもりはない。しかし、これでは、いわゆる市民団体やボランティア団体、NGO(非政府組織)とNPOを区別することは難しい。また、市民団体の間からNPO法という法律が望まれたのか、説明することができない。なぜなら、NPO法以前から数多くの市民団体が存在したからである。
  非営利セクター国際比較プロジェクトの定義は、労働組合を労働者の自主的な組織と規定することに似ている。たしかに、労働組合は、労働者の自主的な組織である。しかし、結成大会を開き、法的に認知された組織を労働組合と呼ぶのが普通だろう。これによって、団体交渉権の保障などの権利が生じるからだ。
  NPOの運営にとって重要なことは、法人格と税制優遇である。これは、NPO法の考えとも一致する。法人格が重要なのは、責任の所在が組織に帰属することだ。任意団体の場合、事業や活動、運営にともなう責任は、代表者に帰せられる。これでは、代表者はリスクが大きい。代表者に責任負担能力がなければ、被害者は救済されない。今日の社会で重要な責任をとる仕組みが、法人化に内在しているのである。
  税制優遇措置は、寄付控除と事業収益への非課税措置に大別できる。寄付控除は、寄付をした個人や法人が所得税や法人税から所得控除することを認めるものだ。例えば、五百万円の所得の人が五十万円を寄付控除が認められたNPOに寄付したとしよう。五百万円から五十万円を引いた四百五十万円に課税されるので、税率が二〇%であれば、税金は九十万円ですむ。このため、寄付が容易になる。
  事業収益への非課税措置とは、NPOが行った事業で収益がでた場合、これに課税されない特典をいう。ただし、NPOの本来事業のみが対象だ。課税されないことにより、収益は、翌年度の事業に繰り越すことができる。
  日本のNPO法は当初、法人格のみを規定した。税制優遇が認められたのは、寄付控除のみで、実施されたのは二〇〇一年十月からである。しかし、税制優遇を受けるための認可基準が極めて厳しく、認可を受けたNPOはほとんど存在しない。一方、アメリカでは、寄付控除と事業収益への非課税措置が認められたNPOが八十万団体も存在する。
  税制優遇措置を認める基準として用いられるのが、パブリック・サポートという概念である。NPOの収入の一定の割合を利用者以外からの収入でまかなうことを求めるものだ。アメリカでは、これを三分の一と規定。日本も当初は三分の一だったが、二〇〇二年十二月に五分の一に緩和された。ただし、利用者以外の収入の具体的な範囲がアメリカでは広いが、日本は極めて狭いため、税制優遇措置を取得が困難になっている。

 

パブリック・サポートと社会変革機能

 パブリック・サポートは、NPOを企業や行政と異なる存在にするカギである。企業は、商品の購入者から一〇〇%の対価を受け取る。行政は、一定の地域の住民から税金を徴収し、その住民が必要とされるサービスを提供する。NPOは、サービスの受益者からサービスの提供に必要とするコストの一部を受け取るものの、残りは受益者以外からの自主的な資金や労力の提供を受け、事業や活動を行う。
  受益者以外から自主的な資金や労力の提供を受けるには、自らが実施する事業や活動の意義を説明し、相手の理解を金銭やボランティア活動として引き出さなければならない。企業や行政によって満たされているものに対してであれば、人々はNPOに援助を行わないだろう。こうしてNPOは、企業や行政と異なったニーズに対応していく。したがって、その内容は、「行政の手の届かない」ユニークかつ先見性のあるものなどになる。
  パブリック・サポートは、NPOの社会変革機能とも密接に関連している。パブリック・サポートを満たすためにも、NPOは、対外的に資金や労力の提供を求める。それは、自らの事業や活動の意義を説明し、理解者、支持者に変えていくことに他ならない。これがNPOの社会変革機能の基本なのだ。
社会変革ということばから、社会主義の革命のようなニュアンスを受けるかもしれない。しかし、NPOの社会変革は、社会主義のようにすべての人々がひとつの方向に向けて社会全体を変えることで達成されるという考え方と異なる。個々のNPOは、個別具体的な社会変革機能、またNPOセクター全体としては、多方向性の社会変革機能をもっている。
  具体的な形で説明をしよう。NPOは、すべての労働者のために、というような言い方はしない。特定のクラス、つまり属性をもつ人々を対象にするのがNPOである。換言すれば、個々のNPOは、個別の対象者層をもつ。なお、アメリカでは、クラスへのサービスが公共的な活動とみなされている。この特定のクラスの人々の状況を改善していくことが個々のNPOにとっての社会変革機能だ。
障害者、高齢者、女性、マイノリティなどが、このクラスにあたる。環境のような場合は、人が対象ではない。しかし、すべての環境問題を扱うのではなく、特定の地域や課題を扱うことになる。こうした地域の問題や課題に関心をもつ人々を対象にしているといっていいだろう。障害者や高齢者などのクラスは、さらに絞り込まれることが多い。例えば、知的障害者、アジア系の高齢者などが、その例になる。
NPOセクターとして多方向性の社会変革機能をもつということは、次のような意味である。例えば、アメリカでは、妊娠中絶について賛否が激しく対立している。中絶を女性の権利として主張する人々も、胎児の生きる権利を守るべきという人々も、ともにNPOとして活動しているのである。社会全体からみれば、どちらが正しいという問題ではない。どちらにもある正しさを主張しあうことで、社会を変えていく。こういう組織を保障すべきというのが、NPOの意義を理解した社会の考え方である。

 

理論と経営を一体化させた学を

 日本では、NPOが生まれたばかりだ。法人数も一万にすぎない。税制優遇措置は不十分で、NPOの運営にパブリック・サポートの概念を導入するインセンティブに欠ける。一方、アメリカでは、戦前からNPOへの個人や法人の寄付控除が認められていた。現在、寄付控除と事業収益への非課税措置をもつNPOは八十万。NPOと企業、行政の関係やNPOセクター内の支援システムも世界で最も進んでいる。
  このため、日本でNPOの教育研究を行う場合でも、日本の未成熟なNPOだけを対象とするのではなく、アメリカの制度や現状、課題を検討することが不可欠だ。ただし、ここでいう研究とは、理論や現状分析を行うだけはない。NPOの経営能力を学生につけさせることが重要である。本を読み文章にまとめる力とともに、組織を運営するノウハウを獲得させることだ。
  なお、前述のように、都市共生社会研究分野は、NPOをツールとして共生社会をめざしていく。したがって、NPOについての教育研究も、共生社会の創造につながるものに焦点が置かれる。ただし、共生社会の創造に向けたものといっても、事業分野でいえば、調査研究や政策提言だけでなく、ソーシャル・サービスやまちづくり、文化活動など多様なものが含まれる。
  では、分野は、どのようにして学生にNPOの経営能力をつけさせようと考えているのか。分野教員のなかでも完全な意見の一致があるわけではないが、個人的には、分野を含めた創造都市研究科全体のカリキュラムにあるワークショップ一と二、課題研究一と二がエッセンスになると考えている。この四つのコースで、卒業に必要な三十二単位中十二単位を占める。
  ワークショップとは、研究科全体で共通しているもので、NPOなどの現場の第一線で活躍している人々をゲストとして招き、学生と議論を行うものだ。一は修士課程一年の前期に、二は二年後期に履修する。したがって、一は、共生社会に関連する個別の課題や課題に取り組むNPOの事業、活動を理解することに力点を置く。二は、NPO経営の能力を最終的に確認するための時期であり、さまざまなNPOの具体的な運営方法と課題について議論が中心になるべきだろう。
課題研究一と二は、研究科の分野ごとに実施形態が異なる。都市共生社会研究分野では、課題研究一がフィールド・スタディ、二がインターンシップである。フィールド・スタディは、共生社会に関連した課題の現場に赴き、調査を行い、検討分析し、レポートにまとめるものだ。現実の問題を机上で議論するのではなく、現場から学び、考えるという実践的な手法に基づいているといえよう。
インターンシップは、実習制度である。アメリカのNPOは、人材育成策のひとつとして積極的に活用している。学生は、受入団体となるNPOで運営やリサーチなどの事業の手伝いを行い、団体の活動を支えるとともに、自ら実践的なスキルを学んでいく。分野の学生は、社会人であり、インターンシップは不要という意見もある。しかし、NPOセクターのリーダーになるには、「他人の飯を食う」経験は欠かせない。
これまで、日本の大学や大学院の教育研究は、社会に出てから直接役に立たないことが当然視されていた。しかし、グローバライゼーションと不況のなかで、即戦力が求められてきている。雇用の場としてのNPOは、まだまだ小さい。しかも、職員に投資する財政力が企業や行政に比べきわめて小さい現状を考えれば、より徹底した即戦力が望まれることはいうまでもない。
NPOセクターのリーダーとして即戦力であることが期待される学生。彼らに対して、分野は、インターンシップなどの上記のコースの他に、NPOマネジメントや共生社会の理論や課題を検討するさまざまな授業が設けた。しかし、大学院の中がすべてではない。税制優遇措置やインターンシップなど、NPOセクターを発展させるためのインフラ整備のため、地域のNPOなどと連携した取り組みを行っていく必要がある。
閉ざされた学問の府から、地域に開かれかつ地域と連携していくことで、自らを高め、そして社会を変革していく主体となる大学院。換言すれば、都市共生社会研究分野自体を共生社会の実現に向けた実践的なものにしていくことができるかどうか。これが分野の成否がかかっており、これを進めていく上でアメリカのNPOセクターの経験は、貴重な示唆を与えてくれるだろう


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