大阪市立大学大学院創造都市研究科都市政策専攻都市共生社会研究分野

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「アメリカのNPOと労働組合 社会変革に向けた連携と緊張」

大阪市立大学大学院創造都市研究科
教授 柏木宏

NPOへの関心が高まるなかで、企業や行政との関係で、NPOについて論じられることが多い。だが、労働組合とNPOの関係が話題になることはほとんどない。「NPOの先進国アメリカ」でも、同様であった。最大の理由のひとつは、両者の活動領域が異なり、接点がないと思われていたためだろう。
  すなわち、アメリカの労働組合は、「パンとバターの労働運動」といわれるように、経営者との団体交渉を通じて、労働者の賃金や労働条件を改善するため、職場を基盤にする組織として活動してきた。一方、NPOは、医療、福祉、教育、環境保護など、人々が抱えるさまざまな問題に取り組む地域の組織とみなされている。
  しかし、最近、このようなNPOと労動組合の住み分け状態が徐々に変化してきた。両者の間に連携と緊張というふたつの関係が広がってきたのである。この小論では、NPOと労働組合の連携関係については、生活給条例の制定運動を通じて考えていく。また、緊張関係については、労働組合によるNPOの組織化を例に取り、両者の関係について検討していきたい。

 

生活給運動におけるNPOと労働組合の協働

 昨年11月、サンフランシスコで提案Lが住民投票で成立した。選挙のたびに数多くの住民提案が投票に付され、成立していくアメリカ。提案Lもそのひとつにすぎない、とみなされたのだろう。日本で関心を寄せた人はほとんどいなかった。
  だが、提案Lは、重要な意味をもつ住民提案であった。NPOと労働組合の関係でいえば、過去10年程の間に急速に進んできた生活給条例の制定運動の戦略をベースに、条例の内容を新たなレベルに押し上げる画期的な成果を達成したということができる。
  生活給条例とは、生活可能な賃金の支払を求める制度である。具体的には、主に郡や市といった自治体から補助金や事業委託などを受けている事業主に対して、法定の最低賃金を上回る、それぞれの地域で生活が可能なレベルの賃金や医療保険などのベネフィットを保障することを求めるものだ。
この条例制定運動の背景には、ふたつの重要な考え方がある。ひとつは、税金を原資とする自治体の資金を受けて事業を行う場合、労働者に適正な賃金やベネフィットを支払うべきであるということ。もうひとつは、これが保障されないと、働きつつも生活保護などを受給せざるをえない人々が生まれ、自治体は社会福祉予算を増額せざるをえず、納税者に不当な負担を強いるということである。
労働組合の立場からは、もうひとつ重要な意味があるといえる。条例の対象となる事業体の多くは、未組織の職場である。組織化された職場の労働者の雇用の維持をはかるには、賃金が極めて低い事業体に自治体の事業委託が行われることを防ぐ必要がある。すなわち、生活給条例は、賃金のダンピングによるアウトソーシングを抑制しようとする試みでもあるのだ。
生活給条例の制定運動は、1994年に首都ワシントンに近い、メリーランド州ボルチモアで始まった。日本の自治労に相当するアメリカ州郡市職員連盟(AFSCME)がリーダーシップ育成ボルチモア市民連合(BUILD)という50余りのNPOなどの連合組織と連携、時給6ドル15セントの生活給の支払いを市の事業受託業者などに求める条例を制定させた。この条例は、4年後に時給を8ドル85セントに引き上げることも求めていた。
条例制定運動を全米レベルでコーディネートしている即時改革地域団体連合(ACORN)という市民団体によると、2004年7月現在、生活給条例は、全米123の自治体などで制定されている。このなかには、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、デトロイトなどの大都市がある。また、条例制定を求め運動を進めている地域は、71にのぼっている。
前述のように、生活給条例とは、自治体から補助金や事業委託などを受けている事業主に対して、生活が可能なレベルの賃金や医療保険などのベネフィットを払うことを求めるものだ。したがって、自治体から補助金や事業委託を受けていない事業主には、拘束力をもたない。
  このため、条例が制定されても恩恵を受ける労働者の数は、かなり限られている。例えば、ニューヨーク市の条例の適応を受ける労働者は、わずか1400人にすぎなかった。ロサンゼルス市の条例は、対象となる事業体を拡大した。しかし、1万人がカバーされるに止まった。

 

提案L成立に向けた運動

なぜ最低賃金の引き上げではなく、生活給条例なのか、という疑問があるだろう。生活給条例の制定を求めている人々や組織の大半は、最賃の引き上げを否定しているわけではない。現実の政治状況のなかで、すべての労働者に影響を与える最賃の引き上げを行うだけの政治的力量がない、という認識からファーストステップとして生活給条例を提起しているのである。
  ボルチモアの条例制定から10年。生活給条例を進める運動も力をつけてきた。賃金の引き上げに加えて、医療保険や有給休暇の保障を盛り込むのは一般的になっている。条例の制定も、自治体に止まらず、州をターゲットにした運動もスタート。また、自治体が所有する施設で営業を行う事業体に生活給の支払を求める条例もできてきた。
  サンフランシスコの提案Lは、生活給と同等のレベルの最低賃金を求める画期的なものであった。提案Lの成立をめざし、ホテル従業員レストラン従業員組合(HERE)、全米労働総同盟産業別会議(AFL-CIO)サンフランシスコ地区委員会などの労働団体は、ACORN、中国系革新協会(CPA)、ホームレスや低賃金労働者の支援組織POWERなどのNPOと「6ドル75セントでは足りない」という組織を立ち上げた。
  「6ドル75セントでは足りない」は、月曜から木曜まで電話バンクを開設した。毎週月曜は青年労働者連合、火曜はPOWERなど3団体、水曜はCPAとACORN、木曜はACORNなど4団体が事務所を提供、ボランティアを動員して、電話で条例への支持を有権者に訴えた。また、投票日が近づくと、地区回りを実施した。重点地区にボランティアを送り、ビラまきや戸別訪問を行うものだ。
  提案L以前には、サンフランシスコ独自の最低賃金制度はなかった。このため、カリフォルニア州の最低賃金が適応されていた。2003年時点には、時給6ドル75セントだった。提案Lは、これを1ドル75セント引き上げ、時給8ドル50セントにすることを求めた。週40時間労働とすると、1週間で70ドル(7700円)の賃金アップとなる。
  経営側の一部は、提案Lを法外な要求と批判した。提案Lの対象となる労働者は、5万5700人にのぼり、経営側全体として、年間7500万ドルもの労務費が増加すると試算されたからだ。これに対して、カリフォルニア大学バークレー校の労働研究教育センターは、調査報告を発表。7500万ドルのうち4500万ドルは、地元で消費されることになり、地域経済を活性化させると結論づけた。
  結局、提案Lは、有権者の強い支持を受けて成立した。これにより、2004年1月から、サンフランシスコで臨時採用やパートを含め、週2時間以上働く人々10人以上雇用する経営者は、最低賃金として時給8ドル50セントを支払わなければならなくなった。8ドル50セントという額については、毎年インフレなどを考慮して見直される。なお、10人未満しか雇用していない経営者やNPOについては、2005年末まで時給7ドル75セントの特例が適用される。
  提案Lに先立ち、サンフランシスコでは、2000年に時給9ドルの生活給を求める住民提案が承認された。しかし、経営団体が訴訟を起こし、条例が撤廃される事態に陥った。このため、生活給を要求する組織や人々は、市議会への働きかけを行い、2002年7月、同様の条例を採択させることに成功した。

 

NPOのスタッフの組織化と労組

 アメリカのNPOセクターは、巨大である。ジョン・ホプキンス大学の調査によると、1995年において、全米のNPOの総支出は、5020億ドルとアメリカのGDPの6.9%に達した。これらのNPOが雇っている有給スタッフは、フルタイム換算で860万人にのぼる。これは、非農業部門の労働力の7.8%、サービス産業の16.5%、政府や自治体の職員の46.7%に相当する。
NPO=ボランティアによる組織、というイメージがある。ボランティアであれば、労働組合に組織されるという考えは成り立たない。しかし、政府や自治体の職員の半数に当たる人々がNPOによって雇用されているのであれば、組織化のターゲットになって当然といえる。にもかかわらず、NPOのスタッフの組織化が議論になることはほとんどなかった。
  なぜか。その理由は、NPO=ボランティアによる組織というイメージだけにあったわけではない。アメリカで労働組合の結成や団体交渉権を承認する法律が制定されたのは、ニューディール時代の1935年。しかし、この全国労働関係法(NLRA)がNPOセクターで最大のウエイトを占める医療関係の機関に適用されるようになったのは、1970年代の半ばのことだ。
  換言すれば、1970年代半ば以前は、NLRAに基づき、医療関係のNPOを組織することができなかったのである。医療関係のNPOとは、病院の他、ナーシングホームなどの健康、医療関係の施設などであり、これらのNPO有給職員の数は、NPO全体の46%を占めている。この最大の業種で組織化ができない状況が存在したことが、NPOを組織化のターゲットと考えない思考を生んだ一因であろう。
NPOスタッフの組織化が注目されるようになったのは、1990年代の半ばからである。AFL-CIOが新しい会長を選出、未組織の組織化を最大のプライオリティにした頃だ。この頃、AFSCMEが医療、福祉、教育機関なので6万人、チームスターが医療関係を中心に1万人以上を組織していた。やがて、社会的な関心を集めるストライキが起きた。
1996年から77年にかけて、赤十字のスタッフは、労働協約改訂交渉の決裂により、争議に突入した。全米20ヵ所以上の輸血検査所で行われたストライキには、3700人の組合員が参加。ロサンゼルスでは、賃上げの凍結を主張する経営側に対して、SEIUの組合員が6週間にわたるストライキを敢行、賃上げを勝ち取った。
  組織化をめぐり労使対立が激化、地域社会を巻き込み、泥沼化したケースもある。サンフランシスコの南、サンタクルーズのプランド・ペアレントフッド(PP)は、その一例だ。PPは、女性の妊娠中絶の権利擁護を訴える、いわゆるプロチョイス派のリベラルな団体として知られている。このNPOの組織化をめざしたのは、SEIUである。
  組織化が始まったのは、1997年初頭のことだ。特別大きな問題があったわけではないが、支部の統合で職場が拡大し、スタッフの多くが労働組合を通じて労働条件を決めることを望むようになったためといわれている。NLRAに基づき、職場で選挙が行われ、スタッフの圧倒的多数が賛成し、SEIUが団体交渉権を獲得、勝利は間近と期待された。
SEIUは、団体交渉の場で、ユニオンショップ、組合費の給料からの天引き、時間外手当の支給、先任権の保障などを要求した。しかし、PP側は、これらを拒否。さらに、組合側によると、「高給を払い、反組合のコンサルタント」を雇い、組合との対決の姿勢を鮮明にした。このため、組合は、元市長をはじめとした40人弱の署名を添え、組合との交渉に応じるように求める公開書簡を発表した。
PPの支持者は、リベラルな人々が多い。労働者の権利についてもシンパシーをもつといえよう。こうしたためか、組織の主要な財源のひとつである寄付が減少したといわれ、PPは、書簡の内容を事実に基づかない不当な批判だとして組合への敵対心を強めていった。
  赤十字やPPのケースは、NPOが労働組合の争議や組織化の聖域ではなくなったことを意味している。こうしたなかで、全米最大のNPOの経営指導組織、コンパスポイントは1999年、「分断された家:組合の攻勢を経験するNPO」という調査報告書を発表した。報告書によれば、サンフランシスコ周辺地域だけで、約25のNPOで組織化の動きが進んでいると伝えた。
NPOと労働組合は、社会問題に取り組む組織という点で共通している。このため、同じ社会問題に取り組む場合には、連携した行動が可能になり、それが進歩的な社会変革への道を進めていく可能性をもつ。生活給条例の制定運動は、その一例である。だが、NPOもひとつの職場であれば、労働組合との緊張関係も存在せざるをえない。それは、NPOが経営体である以上、必然的なことだ。経営体としてのNPOが労働組合とどう共存していくか。アメリカでも、この問いについての解答を模索している段階である。


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