大阪市立大学大学院創造都市研究科都市政策専攻都市共生社会研究分野

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「薄れゆく記憶、利用する政治 9・11から3年」

大阪市立大学大学院創造都市研究科
教授 柏木宏

「お客さん、飛行機に乗るのが怖くないですか」

 当時、アメリカのNPOで働いていた私は、九・一一を出張先の京都で迎えた。その直後から全米の空港が閉鎖されたため、日本で一週間足止めされ、閑散としたサンフランシスコ空港に到着。その私に、タクシーの運転手は、こう尋ねた。
  あれから三年たった今も、空港では荷物検査が強化され、警備のために機関銃を手にした兵士の姿も目につく。とはいえ、街に溢れかえっていた星条旗の数は、格段に減り、重苦しい気持ちを余り感じないですむようになった。

 

「事件の風化」と遺族

 同時多発テロ事件から三年目の今年の九月十一日、ハイジャックされた飛行機が突入した世界貿易センターがあったマンハッタンと国防総省、ハイジャック機が墜落したペンシルベニア州のシャンクスビルをはじめ、全米各地で慰霊祭が行われた。メディアはこぞって特集を組み、世界貿易センターが崩落するシーンを再現した。
  合わせて二九七三人もの人々が犠牲になった事件である。人々の記憶から消え去るのは容易ではない、と思われるだろう。しかし、「事件の風化」は、早くも始まっている。フリーダム・タワーの建設は、そのひとつだ。
  二〇〇九年の完成を目標に、世界貿易センターの跡地では、フリーダム・タワーの建設が始まっている。このため、世界貿易センターで死亡した人々の遺族は、これまでのように跡地を訪れ、花を捧げたり、感傷に浸ることが当面できなくなった。
  フリーダム・タワーの付近には、事件で亡くなった人々のための慰霊碑が立てられる予定だ。しかし、巨大な空間が消滅することで、事件の規模の大きさを体感しにくくなることは否めない。遺族の中からは、犠牲者への記憶が消え去っていってしまうのではないか、という不安の声が聞こえてくる。
  「風化」を積極的に受け入れようとする遺族もいる。トッド・ビーマーさんの両親は、その一部だ。トッドさんの死後、両親は、トラウマをもつ子どもを支援するため、トッドさんの名前を冠したNPOを設立。しかし、今年三月、名称を「英雄的選択」に変更した。いつまでも設立の経緯にこだわるべきではない、という考えからだ。

 

悲劇を利用するブッシュ

 今年三月、ブッシュ大統領は、テレビ広告を放映した。世界貿易センターの崩落現場で瓦礫の跡形づけをする作業とともに、「テロと戦う強い指導者」としてのイメージを描き出そうとしたのである。
  この広告がでるまで、事件の遺族は、超党派かつ一体となり行動してきた。もちろん、三〇〇〇人もの死者の遺族である。全員が同じ考えをもつことはありえない。それでも、遺族への補償問題から事件の真相究明を求める活動まで、遺族の共通の意思表示という姿勢を貫いてきた。
  この姿勢にブッシュが楔を打ち込んだのである。その結果、遺族は、政治への関わりをめぐり、分裂していくことになる。大統領選挙が近づくにつれ、政党による遺族の利用が現実となっていった。大統領候補を指名した民主、共和両党の全国大会に、遺族が登場したのである。
  民主党大会では、世界貿易センターで犠牲となった人の母親が招かれ、故人の思い出とともに、命の大切さを訴える発言を行った。一方、共和党は、世界貿易センターで弟を亡くした男性を招待。ブッシュ大統領の父親の隣に座らせるという演出を試みた。
  補償問題にせよ、真相究明にせよ、事件に対処するには、政治の関わりが不可欠だ。ゆえに、遺族の政治的行動自体を批判する必要はない。だが、党派的、特定候補の利害のために事件を利用することは慎むべきだ。こうした声が遺族を含め、巻き起こっている。

 

悲しみを意味あるものに

 いくら悲しんでも、死者は生き返らない。九・一一の遺族も、これを理解している。では、悲しみをどのようにして意味あるものに変えていけばいいのか。この答のひとつが、先に紹介した資産四〇〇万ドルの「英雄的選択」である。
  規模の大小はあるが、同様の試みは、少なくとも一三〇程存在する。故人を祈念して、慈善団体などに寄付をする習慣の延長だ。その資金の一部は、政府が設立した犠牲者補償基金からの義捐金である。基金は、犠牲者ひとりあたり一六八万ドルの補償を行った。
  世界中が注目した事件だから、これだけの補償がでた。しかし、恵まれない人々は無数にいる。自らが受けた補償は、他人にも分け与えるべきだ。ただし、ここでいう他人は常にアメリカ人に限られている。
報復で問題は解決しないとして、「テロとの戦争」に反対する活動などを行っている、「平和の明日」のような遺族団体もある。しかし、大半は、九・一一を攻撃された日と考え、国民同士の助け合いを訴えるアメリカ。ここに、この国の良心とその限界を見る気がするのは、私だけだろうか。


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