「イラク戦争への懸念と懐疑 大統領選挙にも大きな影」
大阪市立大学大学院創造都市研究科
教授 柏木宏
三月二十日、イラク戦争一周年に当たり、世界各地で反戦デモが行われ、百万人が参加した。アメリカでは、ニューヨークやサンフランシスコなどの大都市だけではない。ブッシュ大統領が休暇中のテキサス州クローフォードでは千人、ノースカロライナのフォートブラッグ米軍基地では千五百人の軍人の家族や退役軍人によって、戦争に抗議する声がこだました。
この世界統一行動は、イラク開戦後、最大の反戦行動だ。とはいえ、開戦直前には、世界中で千万人が参加したデモが行われた。これに比べ、小規模に終わった、とメディアは伝えた。しかし、デモの参加者減が、イラク戦争容認派の増加を意味しているわけではない。
事実、この一年間で、アメリカでイラク戦争を支持する人々の割合は、大幅に減少している。戦争が泥沼化し、戦争の大儀であった大量破壊兵器の存在への懐疑が広がり、議会も重い腰をあげた。こうした動きは、今年十一月の大統領選挙にも大きな影を落としている。以下、イラク戦争後一年間のアメリカの変化をレポートしたい。
泥沼化への懸念
三月三十一日、アメリカに衝撃的なニュースがイラクからもたらされた。バクダッドの西ファルージャで、携行式ロケットや小銃をもった武装勢力が、車で移動中のアメリカの民間人四人を襲撃。付近にいた民衆が襲われたアメリカ人を車から引き出し、路上を引きずり回したり、体を切り刻んだうえ、四人のうち二人をユーフラテス川にかかる橋に吊りさげたというのだ。
この悲惨なシーンの一部は、世界各地のテレビで放映された。しかし、センセーショナルな報道で知られるフォックス・ニュースは、映像を使用しないことを決定。CNNも、限定使用に止めるとした。三大ネットワークのひとつ、CBSは、当初、イブニング・ニュースで映像を流す予定だったが、中止した。
メディアの姿勢に対して、ホワイトハウスと国防総省は、放映規制を求めていないと声明。しかし、こうした声明をだすこと自体、ブッシュ政権が事件を極めて深刻に受け取っている証拠だ。クリントン政権下の一九九三年、ソマリアに侵攻した米軍の兵士の遺体が民衆に引きずり回され、撤兵にいたった事件の再現を恐れたのである。
ソマリアだけではない。ベトナム戦争の時代は、今日のように、地球の裏側で起こった出来事を同じ日に、アメリカの人々が映像でみることはできなかった。しかし、五万人を数えた米兵の死者の姿が、写真などによって人々の目に映るようになるにしたがい、反戦運動は高まり、米軍の撤退につながったのだ。
イラク戦争開始後、米兵が死亡した姿や遺体が帰国した様子は報道されない。泥沼化する戦争。そのことをことばで聞くだけと、目にすることでは、人々の反応は異なる。為政者とメディアは、人々の目を覆ってきた。しかし、それがいつまで続くのか。ファルージャの悲劇への報道姿勢は、為政者の不安を示しているように感じられる。
戦争の大儀への懐疑
大量破壊兵器の存在が、イラク戦争の大儀であった。しかし、大量破壊兵器は、依然として発見されない。のみならず、査察の責任者は、発見の可能性が極めて低いことを指摘。ブッシュ政権は、国民を欺いたのではないか。こういう懐疑の気持ちが、人々の間に充満し、議会が動き始めた。
同時多発テロ事件に関しては、すでに議会に独立調査委員会が設置され、公聴会が開催されている。特に、テロ対策が緊急の課題だとした進言を大統領が退けたとする、現政権のテロ対策担当の大統領特別顧問だったクラーク氏の発言は、ブッシュ政権に打撃を与えた。
ニューズウイークが実施した世論調査では、ブッシュ政権のテロ対策への支持率は、二月下旬の六五%から公聴会後の三月下旬には五七%へと急落。「ブッシュは、ヒトラーと同じだ。戦争をするため、テロ事件を仕組んだのだ」。人々が真顔で、こう語る姿すらみられるようになった。
米国民を欺き、イラク戦争に突入させたという懐疑についても、議会が動き始めた。ワックスマン下院議員(民主)は、政府改革委員会の特別調査局として、三月一六日、「イラク記録」を発表。イラク開戦前後のブッシュ大統領、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、パウエル国務長官、ライス国家安全保障顧問の五人の発言を分析したものだ。
「イラク記録」は、二百三十七の発言に問題があったと指摘。このうち、イラクが差し迫った脅威だとしたものが十一、核兵器に関するものが八十一、生物化学兵器についてが八十四、イラクとアルカイダの関係についてが六十一にのぼる。大統領の発言だけでも、五十五に達する。
大統領選挙とイラク戦争
ブッシュ大統領は、再選戦略の中心に、戦時の大統領のイメージを打ち出そうとしていた。戦争中に大統領を交代させ、国を混乱させてはならない、という恫喝じみたやり方でもある。しかし、前述のように、イラク戦争の大儀が疑われ、大統領が独立調査委員会で証言する日も間近いといわれている。
こうしたなかで、秋の大統領選挙は、共和党のブッシュと民主党のケリーの一騎打ちになることは確実だ。ブッシュに対決を挑むケリーは、どのような人物なのか。戦争政策を中心にみてみよう。
ケリー候補は、マサチューセッツ州選出の上院議員だ。一九四三年、コロラド州で生まれた。エール大学を卒業後、海軍に志願。ベトナム戦争に従事、数々の武勲をたて、銀星章などを受けた、「ベトナム戦争のヒーロー」だった。しかし、帰還後、戦争に疑いをもち、ベトナム戦争の退役軍人による反戦運動を始めた。やがて政治を志し、一九八四年に上院議員に初当選。現在、四期目。
民主党の大統領候補選びは、当初、混沌としていた。最初に躍り出たのは、バーモント州知事だったディーンだ。イラク戦争に強硬に反対、ケリーがイラク開戦を支持したと批判。ディーンが失速するなかで、候補指名を確実にしたケリーは、イラクからの早期撤兵を主張するようになった。
いま、ケリーの他に候補指名を争っているのは、クシーニッチだけだ。クシーニッチは、オハイオ州選出の下院議員で、ディーン以上の平和主義者である。一昨年訪日したバーバラ・リー議員らとともに、平和省の創設法案を提案。最近では、テロ対策として制定された愛国者法の撤廃法案を提出した。
同時多発テロ事件の直後、アメリカは、戦争賛美一色に近かった。あれからわずか二年半。状況は大きく変わった。平和団体が主張していた独立調査委員会が設置された。民主党の大統領候補指名を確実にしているケリーも、戦争を批判することに大きなためらいを示していない。党内ポリティックスからいえば、ディーンやクシーニッチの影響もあるのだろう。
しかし、より重要なのは、人々の意識の変化である。戦争は、弱者へのしわ寄せを強いる。奨学金を減らされた学生は、戦争を寄り身近に感じ始めている。イラクに派遣された兵士の家族の五五%は、予想以上に長い駐留に懸念の声を隠さない。だれのため、なんのための戦争なのか。いま、アメリカは、自問自答するだけでなく、戦争の終結の必要性を強く意識し始めているように思える。
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